平安時代の歴史物語書「栄華物語」に、こんなやりとりがあります。
出羽弁が返した歌の「おろかならぬに」は、それなりの作法があることを言っているようです。
参照にした本の注釈に、
-
『なれたる人』 は出羽弁を指す。経験豊かでしきたりに精通した出羽弁に、薬玉をひじにかけるときの作法を問うことによって、出羽弁に対する畏敬の念をこめる。
(参考文献 :『新編日本古典文学全集 栄華物語 1』山中裕, 秋山虔, 池田尚隆, 福長進 校注 · 訳. 小学館, 1995.)
と、あります。
ぜひ聞いてみたいと思うのですが、出羽弁さんの答えだと、その「並々ならぬ作法」やらは、どうやら誰にでも教えられるものじゃぁないらしいです。いやはや、残念。
仕方が無いので、近からず遠からず。なのかどうかは分かりませんが、五日の節会で続命縷を身につける作法を読んで、ほぅほぅ、と分かったような気分になりたいと思います。
1. 続命縷の佩び方
五日の節会の続命縷
五月五日、宮中で続命縷を身につけるときの作法です。
藤原師輔 (ふじわらのもろすけ、908 - 960 年) は、平安時代の公卿で、有職故実の流派「九條流」の祖です。
彼が書いた、日記なんだか年中行事書なんだか微妙に分類しがたい (とどのつまりは、部類記) 「九条殿記」に、薬玉の佩び方がやけに詳しく載っています。
これを、ありがたく覗き見してみます。
- 九条殿記 (くじょうどのき / 藤原師輔 (ふじわらのもろすけ) 著 / 藤原師輔の書いた日記「九暦」の一部)
- 五月節 天慶七年 續命縷ノ佩法
一、佩續命縷體、件縷緒有四筋、先當左脇、以一筋從右肩超、以一筋自左脇出、而相合當前結、以二筋當革帶上、自後前廻、而結右袖下、但二重之緒四筋、随草乗 (垂) 也、
(参考文献 :『大日本古記録 九暦』東京大学史料編纂所 編. 岩波書店, 1958.)
同じ藤原さんだけど、藤原実資 (ふじわらのさねすけ / 957 - 1046 年 / 養父の実頼と藤原師輔 (九条殿記の著者) は兄弟) は小野宮流。
彼の記した年中行事書にも薬玉の佩び方が載っています。しかし、どうやら九条殿記の引用らしいです。ほぼ同じ文章です。
- 小野宮年中行事 (おののみやねんじゅうぎょうじ / 藤原実資 (ふじわらのさねすけ) 著 / 成立年未詳)
-
九條右相國記(注1)
佩續命縷體、件縷緒有四筋、先留左脇、以一筋従右肩超、以一筋自左脇出、而相合當前結、以二筋當革帶上、自後前廻、而結右袖下、但二重之緒四筋、随草乗 (垂) 也、
(参考文献 :鹿内浩胤"小野宮年中行事裏書"『禁裏 · 公家文庫研究 第一輯』田中教忠旧蔵 寛平二年三月記 影印 · 翻刻. 思文閣出版, 2003.)
正直、さっぱりわかりまへん。
このままでは、分かったような気分にはなれないので、分かりやすそうな説明を探してみました。
- 花鳥余情 (一条兼良 (いちじょうかねよし (またはかねら)) 著 / 1472 成立 / 源氏物語の注釈書)
-
むかし武德殿にて五日節會行はれて
騎射の事あり その時 宮内省典藥官人 あやめを献ず
又内侍藥玉を太子以下に給時
くす玉を右のかたにうちかけて
ひだりのわきへたれて 二の緒をわけて 腰にゆひて 各拜舞するなり
(参考文献 :『國文註釋全書』本居豊頴, 木村正辭, 井上賴囶 校訂. 國學院大學出版部, 1910.)
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身につけた様子
せっかくなので、平安時代の人々が薬玉を身につけた様子をみてみます。
- 栄華物語 (えいがものがたり : 著者 赤染衛門かも? / 1028 年以降 1107 年以前の成立 / 平安時代の歴史物語書)
- 巻第三十四 暮まつほし
五月、最勝 (さいしょう) の御八講 (はかう) に、上 (うへ) の
御局 (つぼね) におはします。
菖蒲 (さうぶ) を皆 (みな) 打ちて、やがて菖蒲の唐衣 (からぎぬ) 、薬玉 (くすだま) などつけて、
長き根をやがて御前 (おまへ) の御簾 (みす) の前の遣水 (やりみづ) に浸して
出 (い) でゐたるもをかし。
現代語訳 :
五月には最勝 (さいしょう) の御八講がおこなわれて、
梅壺女御は上の御局 (つぼね) にいらっしゃる。みな菖蒲 (しょうぶ) の打衣 (うちぎぬ) で、
その上に々菖蒲の唐衣 (からぎぬ) をつけた。薬玉 (くすだま) などを付けて、
長い菖蒲の根をそのまま御前の御簾 (みす) の前の遣水 (やりみず) に浸し、
簀子 (すのこ) に出て座っているのも、一有情である。
(参考文献 :『新編日本古典文学全集 栄華物語 1』山中裕, 秋山虔, 池田尚隆, 福長進 校注 · 訳.
小学館, 1995.)
- 枕草子 (まくらのそうし : 清少納言 著 / 平安中期の随筆)
- 優婉 (なまめかし) きもの
細 (ほそ) やかに淸 (きよ) げなる
君達 (きんだち) の直衣姿 (なほしすがた) 。
愛 (おか) し氣 (げ) なる童女 (わらはめ) の表 (うへ) の袴 (はかま) など、特 (わざ) とはあらで、綻 (ほころ) び勝 (がち) なる
汗衫 (かざみ) ばかり着 (き) て、
藥玉 (くすだま) など長 (なが) く付 (つ) けて、高欄 (かうらん) の許 (もと) などに、
扇 (あふぎ) 差 (さ) し翳 (かく)
して居 (ゐ) たる。
現代語訳 :
優美なものは、
細やかに美しい君達の直衣姿 (のうしすがた) 。
可愛らしい童女が別に表の袴などは、つけず、綻ばし勝な汗衫だけ着て、藥玉など、糸を長くして袖につけたのが、勾欄の處に、扇で顔を隠して居る様子。
(参考文献 :小林栄子『枕草子 日訳新註』言玄海書房, 1935.)
- 枕草子 (まくらのそうし : 清少納言 著 / 平安中期の随筆)
- 五月の節に身につけるのは、薬玉だけじゃなかったようです。
御せくまゐり、わかき人々は さうぶのくしさし
(注2)、物忌
(注3)つけなどして、さまざまのからぎぬ、かざみどもに、ながき根
(注4)、をかしきをり枝
(注5)ども、
むらごのくみして むすびつけなどしたる、めづらしういふべき事ならねど、いとをかし。
現代語訳 :
さても端午 (たんご) の節供 (せく) の祝儀 (しゅうぎ)
詣 (まう) でには、若 (わか) き女子 (をんなのこ) 達 (たち) は、刺櫛 (さしぐし) に菖蒲 (しょうぶ) を飾 (かざ) り、
物忌 (ものいみ) の札 (ふだ) など付 (つ) けたるもありて、
婦人 (ふじん) の禮服 (れいふく) の上着 (うはぎ) の
唐衣 (からぎぬ) 、若 (もし) くは汗衫 (かざみ) に、
菖蒲 (さうぶ) の長 (なが) き根 (ね) 、
又は藥玉 (くすだま) の飾 (かざり) なる
面白 (おもしろ) き造花 (つくりばな) などを、
薄 (うす) き濃 (こ) き色の一様 (いちやう) ならぬ
組糸 (くみいと) にて結 (むす) び付 (つ) けたるは、
毎年 (まいねん) の事 (こと) にて、
今更 (いまさ) ら珍 (めづ) らしく言 (い) ふべきことならねど、
春毎 (はるごと) に咲 (さ) く櫻 (さくら) を
賞 (め) づると 同 (おな) じ心 (こころ) なり。
(参考文献 :清少納言『枕草紙 新訳』中村徳五郎 校註. 文進堂, 1931.)
- 枕草子 (まくらのそうし : 清少納言 著 / 平安中期の随筆)
- 町の子供が薬玉の風習を真似している風景です。
つちありく童
(わらは) べなどの、ほどほどにつけて、いみじきわざしたりと
(注1)思ひて、
常に袂
(たもと) まぼり、人のにくらべなど、えもいはずと思ひたるなどを、
そばへたる小舎人
(注2)童
(ことねりわらは) などに 引きはられて 泣くもをかし。
- 注1 : いみじきわざしたりと
われこそ立派なことをしたと思つて。各自に立派な藥玉を持つていると得意がるをいふ
-
注2 : 小舎人 (ことねり)
(参考文献 :清少納言『枕草紙新釈 校訂』永井一孝 校訂. 三星社, 1920.)
現代語訳 : その1
辻をあるく兒童の、藥玉を佩びて、其 (その) 身分相應 (そうおう) に、
勝れたる事をしたりと満足しつゝ、常に袂に付けたる藥玉を愛翫 (あいがん) し、
他の人のと見競べて 興ありと思い居るを、
惡戯 (いたずら) なる 小舎人 (ことねり) 童 (わらは) 等に
引き取られて泣くも、折から面白し。 (参考文献 :村尾節三『南簷零滴』1917.)
現代語訳 : その2
さて十字 (じ) の街 (まち) を遊 (あそ) び
歩 (あり) く童女 (わらはべ) の、
其 (そ) の身分相應 (みぶんそうおう) なる
藥玉 (くすだま) を持 (も) ちて、
悦 (よろこ) び樂 (たのし) めるもあり。
或 (ある) は我 (わ) が袂 (たもと) に
付 (つ) けたる 藥玉 (くすだま) を見守 (みまも) りては、
人 (ひと) の藥玉 (くすだま) と見較 (みくら) べなどして、
限 (かぎ) りなく嬉 (うれ) しげに
興 (けう) じけるを、小舎人童男 (ことねりわらは) などの
惡戯 (あくぎ) に、
其 (そ) の下 (さ) げたる 五色 (ごしき) の
組絲 (くみいと) を引 (ひ) き取 (と) られて、
泣 (な) くもあるは面白 (おもしろ) し。
(参考文献 :清少納言『枕草紙 新訳』中村徳五郎 校註. 文進堂, 1931.)
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2. 掛香薬玉の佩び方
掛香薬玉 (かけごうくすだま) は、
貞丈雑記 (ていじょうざっき : 伊勢貞丈 (いせさだたけ、1718 - 1784 年) 著 / 1763 - 1784 年成立、1843 刊行 / 江戸時代の有職故実書) などによると、
御簾などに飾った薬玉と区別して、身に佩びた薬玉をいうようです。
くわしくはこちら
掛香という薬玉
- 下学集 (かがくしゅう : 著者未詳 / 1444 年成立 / 室町中期の国語辞典)
- 子供の袖に掛ける。とあります。
藥玉 (クスダマ) :
五月五日二小児ノ袖 (ソテニ)
懸レ之
以二五色ノ彩絲一作レ之
爲メニレ攘 (ハラハンカ) 二
悪事ヲ一也
又名二長命縷ト一
又云二續命縷ト一也
(参考文献 :東麓破衲『下学集』故榊原芳埜納本, 榊原家蔵.)
- 簾中旧記 (れんちゅうきゅうき : 伊勢貞陸 (いせ さだみち、1463 - 1521 年) 著 / 1521 頃 ? / 室町時代の女房の故実を記した書)
- てわきあけの程御かけ候とあります。これを下記にご紹介する「貞丈雑記」が引用し、説明を加えています。
五月御くすたまのこと
五月五日の御くすたまは。御所さまへは 十二
すぢづつのが参り候。
上らふたちより御下までは 九
すぢにて候。御ひでうは 六
すぢづつにて候。
内裏伏見殿こりやう殿より大なる御くす玉参り候。わきあけ
(注6)の上﨟
(注7)たちへ 参らせ候て。そと御かけ候。てわきあけの程御かけ候。
(参考文献 :『群書類従 第二十三輯 武家部』塙保己一 編纂. 続群書類従完成会, 1930.)
- 貞丈雑記 (ていじょうざっき : 伊勢貞丈 (いせさだたけ、1718 - 1784 年) 著 /
1763 - 1784 年私立、1843 刊行 / 江戸時代の有職故実書)
-
簾中𦾔記に 内裏伏見殿御靈殿より 大なる御くす玉參り候 わきあけの上﨟たちへ參らせ候て そと御かけ候 てわきあけの程御かけ
と云々 わきあけとは小袖の脇あけたるを着る程のおさなき女子也 おさなき人々はくす玉をえりにかくる也 おとなびたる人は腰に付るなり
(参考文献 :『改訂増補 故実叢書 1 巻 貞丈雑記』故実叢書編集部 編. 明治図書出版, 1993.)
- 枕草紙存疑 (まくらのそうしそんぎ : 岡本保孝 (1797‐1878 年) 著 / 成立年未詳 / 枕草子の注釈書)
-
くすたまなとなか〳つけて
万歳云 五月五日縫殿より奉るくす玉をうへより給わり童女のひちになかく付る也
(参考文献 :『未刊國文古注釋体系 第十三册』吉澤 義則 編纂. 帝國敎育會出版部, 1938.)
- 禁中近代年中行事 (詳細未詳)
- 五月
五日 薬玉 薬玉色々のきれにてふくろをぬひ、三ッ作り花に付る、作り花サ一尺計、若宮は左の袖、姫宮は右の袖、そでのかた先に付る、宮々方八ッ九ッまでの内計、
(参考文献 :『古事類苑 歳時部』神宮司庁古事類苑出版事務所 編. 神宮司庁, 1914.)
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3. 長命縷の佩び方
現在の中国の端午節で見かける長命縷の身につけ方は、ミサンガのように手首につけます。
古代もそんなに違わないはずだと勝手に想像しています。
腕に巻く
「纏」は日本語では「まとう」ですが、中国語では「巻き付ける、ぐるぐると巻く」という意味です。「臂」、「臂膊」は腕のことです。
- 遼史 (宋の脱脱、欧陽玄らの撰 / 1345 年成立 / 遼の歴史書)
- 以五采絲為索 纏臂 謂之合歡結
- 契丹国志 (きったんこくし : 南宋の葉隆礼著 / 1180 年頃成立)
- 又以雜絲結合歡索 纏于臂膊 婦人進長命縷 宛轉皆為人象帶之
左右どちらかの腕に繋ぐ
- 杜陽雑編 (蘇鶚著 / 唐代末期の小説、全 3 巻)
- 上始不謂之實 遂命善浮者以五色絲貫之 繋於左臂 毒龍畏五色絲
- 重修福建臺灣府志 (1741年 / 台湾の歴史書)
- 五月五日、各家懸菖蒲、艾葉、榕枝於門、制角黍。以五色長命縷繫小兒女臂上、男左、女右、
名曰「神鍊」復以繭作虎子花、插於首。
簪 (かんざし) に付ける
- 遼史 (宋の脱脱、欧陽玄らの撰 / 1345 年成立 / 遼の歴史書)
- 又以彩絲宛轉為人形簪之 謂之長命縷
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注釈 / 参考文献
注釈
- 注1 : 「九條右相國記」は、九暦の一部です。
- 注2 : さうぶのくしさし (菖蒲の櫛さし)
本によっては「腰ざし」や「さしぐし」となっているものもあります。菖蒲の薬玉を腰に佩びる事をいうようです(1)。
- 注3 : 物忌み
一般の物忌みではなく、五月五日に限って作ったあやめの鬘を巻くことを言う (新編日本古典文学全集)、
あるいは、「紙又はきれに物忌とかきて、挿櫛烏帽子などにつくるなり」 (枕草紙 日訳新註) だそうです(2)。
- 注4 : ながき根
菖蒲の根のことです(3)。
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注5 : 折枝
季節の草木の枝。造り枝もあったそうです。(4)
- 注6 : わきあけ : 脇の下を縫わないで仕立てた和服(5)。
- 注7 : 上﨟 : 身分の高い女官の称(6)。
参考文献
- 2. 3. 4. 5. 小林栄子『枕草紙 日訳新註』言海書房, 1935.
『新編 日本古典文学全集 18 枕草子』松尾 聰, 永井和子 校註 · 訳. 小学館, 1997.
- 6. 『大辞泉』小学館,
レポート : 2012年 9月 8日
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