薬玉は時を経るにつれ、その形や媒体がさまざまに変化しましたが、いつの時代も人々の心を魅了しました。 時代時代で違う薬玉たちの作り方を、いくつかピックアップしてみました。

これは、貴族達の間で盛んに贈答されたりした平安時代の薬玉です。 この時代の法典、延喜式に記載されている材料を参考にしてみます。

特徴

  1. まず、菖蒲や蓬、またそれとあわせて束ねる時節の草花は、実際の生花が使われたっぽいです。
  2. 現在の辞典類などで説明される「種々の香料を詰めた錦の袋」の材料が、さっぱり見当たりません。

古代の薬玉は、菖蒲や蓬、色々な花が実際に香る、生き生きとした薬玉だった。と、Mio さんは想像しています。

延喜式 (えんぎしき : 藤原時平 · 忠平 等編 / 905 年編纂開始、927 年成立、967 年施行 / 平安時代の法典)
巻第十二 中務省
  • 藏司
    五月五日續命縷料、絲五十絇、紅花大三斤、 読下し :
    83 蔵司
    五月五日の続命縷 (くすだま) の料、糸五十絇 (く) 、紅花大三斤。
    (参考文献 :『訳注日本史料 延喜式』虎尾 俊哉 編. 集英社, 2000.)
  • 中務省 蔵司の続命縷について。
    紅花は糸を染めるための花です。風俗史学者の江馬務氏は、延喜式が定める続命縷の糸は、「紅絲のみがあったらしい」されています(1)
巻第十五 内蔵寮
凡諸收衛府獻菖蒲幷雜彩時花、寮官率史生藏部等、 檢收附絲所読下し :
凡そ諸衛府献ずるところの菖蒲ならびに雑の彩 (いろ) の花は、寮の官、史生 · 蔵部らを率いて、検収し糸所に附 (さず) けよ。

(参考文献 :『訳注日本史料 延喜式』虎尾 俊哉 編. 集英社, 2000.)
巻第四十五 左近衛府
凡五月五日藥玉料、菖蒲艾 惣盛一輿、雜花十捧、 諸衛府別一日、依次供之。
(参考文献 :『国史大系 第 13 巻』黒板勝美 校訂, 経済雑誌社 編. 経済雑誌社, 1897.)

Variations

朝廷が作る薬玉とは違い、個人で作る場合は自由さがうかがえます。 薬玉をvariationsするのは、今も昔も変わらないようです。

蜻蛉日記 (かげろうにっき : 藤原道綱母 (ふじわらみちつなのはは、936 - 995 年) 著 / 954 - 974 年 / 平安時代の日記)
下巻 天延二年五月
簀子 (すのこ) に助 (すけ) と二人 (ふたり) ゐて、 天下 (てんげ) の木草 (きくさ) を取り集めて「めづらかなる薬玉 (くすだま) せむ」など言ひて、 そそくりゐたるほどに、このごろはめづらしげなう、ほととぎすの、

現代語訳 :
わたしは、簀子 (すのこ) に助 (すけ) と二人で座って、 ありとあらゆる木や草を取り集めて、「普通のとは違った薬玉 (くすだま) を作りましょう」などと言って、せっせと手先を動かしている時に、ほととぎすが、 このごろでは珍しくもなくなって、
(参考文献 :『新編日本古典文学全集 13 土佐日記 蜻蛉日記』菊池靖彦, 木村正中, 伊牟田経久 校注 · 訳. 小学館, 1995.)

栄華物語 (えいがものがたり : 著者 赤染衛門かも? / 1028 年以降 1107 年以前の成立 / 平安時代の歴史物語書)
巻第八 はつはな
かねてより聞えし枝のけしきもまことにをかしう見えたるに、権中納言 銀 (しろがね) の菖蒲に薬玉 (くすだま) つけたまへり。若き人々は目とどめたり。

現代語訳 :
かねがね噂 (うわさ) されていた造花の枝の趣向もまことに興をそそられる見ものであるが、権中納言 (ごんちゅうなごん) (隆家) は銀製の菖蒲に薬玉 (くすだま) をお付けになっている。年若い女房たちはそれに目を奪われた。

(参考文献 :『新編日本古典文学全集 栄華物語 1』山中裕, 秋山虔, 池田尚隆, 福長進 校注 · 訳. 小学館, 1995.)
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こちらは江戸時代後期 1806年に出版された、年中行事大成に掲載されている薬玉の作り方です。

年中行事大成 (ねんちゅうぎょうじたいせい : 速水春暁斎 (はやみしゅんぎょうさい、1767 - 1823 年) 著 / 1806 年)
今日より去年 (きょねん) 九月九日に掛 (かけ) らるゝ柱の茱萸袋 (ぐミふくろ) を徹 (てつ) して薬玉 (くすたま) をかけらる 其製 (そのせい) 種々 (しゆ〴) ありといへども 凡 (およそ) 柏葉 (かしはゞ) を造 (つく) り 正中 (まんなか) に三ツの玉 (たま) を付 (つ) け 其 (それ) に薬 (くすり) を入 (い) れ 玉 (たま) の上は糸 (いと) にてかゞり 其 (そ) の左右 (さゆう)(およ) び 下の方 (ほう) には 花橘 (はなたちばな) 杜鵑花 (さつき) の造花 (つくりばな) を紅白 (こうはく) に 彩 (いろど) り これに五彩 (さい) の絲 (いと) を 長 (なが) く垂 (た) れ 艾 (よもぎ) 菖蒲 (しやうぶ) を付 (つく)(参考文献 :速水春暁斎『年中行事大成』1806. 早稲田大学図書館 古典籍総合データベース.)

こちらのreport は薬玉の形に関するreport です。作り方が分かるものもあるかも。です。 進化する薬玉

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中世 - 後世、藥玉は色々な香を小さな袋に詰めたもののみを指すこともあったようです。 (上記、近世の薬玉に出てくる「三ツの玉」のことです) これに、そのまま五色の糸を垂らし、身に佩びた物を「掛香薬玉」ともいいました。 くわしくはこちら 掛香という薬玉

禁中近代年中行事 (詳細不明)
五月
五日 薬玉 薬玉色々のきれにてふくろをぬひ、三ッ作り花に付る、作り花サ一尺計、 (参考文献 :『古事類苑 歳時部』神宮司庁古事類苑出版事務所 編. 神宮司庁, 1914.)
後宮名目 (こうきゅうみょうもく: 京極為兼女 (きょうごくかめたねむすめ) 著 / 成立年 未詳 / 鎌倉末期頃に書かれたっぽい)
藥玉之法
麝香 一兩 沈香 一兩 丁香 五十粒 甘松 一兩

右者和氣之法
麝香 半兩 沈香 一兩 丁香 一兩 甘松 一兩(藿? 字がわかりまへん)二匁 白檀 三匁 龍腦 二匁
右者丹家之法
藥玉一連 十二 閏月の有る年 十三

ぬの_ (?) 紅 (?) り 五分二練 (?)

一粒の大きさ是れほとにて候なり

袋ハ用錦或紅練 (綵? 字がわかりまへん) 緒ハ 摂家 ハ白く 清華羽林ハ むらさき
名家以下ハ 花色を用ひ侍るなり

(参考文献 :『後宮名目』京極為兼女 撰. 書写年不明. 早稲田大学図書館 古典籍総合データベース.)


写本を見ると、「一粒の大きさ是れほとにて」のところは、本当に丸が描かれています。おもしろいです。
早稲田大学図書館の古典籍総合データベース「後宮名目」、または、愛知芸術文化センター 愛知県図書館の貴重和本デジタルライブラリー「塵点録 53 巻」で、実際に見る事が出来ます。

Mio さんのリキサク。
ごゆるりと、お楽しみください。
Marguerite Sample Diagrams

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参考文献

  1. 江馬務『日本歳時全史』臼井書房, 1949.

report : 2012年 9月 17日

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