五色の糸は主に端午節で活躍していますが、実はそれだけではありません。
破邪、厄除、長寿延命うんぬんかんぬん、その素晴らしいパワーはあっちこっちから引っ張りだこです。
五色の糸の活躍ぶりをパパラッチのごとく追っかけてみます。
1. 特別な日
中国では、婚礼や祭祀など特別な日に長命縷や五色の糸を用いたようです。
婚礼
- 通典 (つてん : 唐の杜佑 (とゆう) 撰: 中国の制度史書。200巻。801年成立。)
- 礼物按以玄纁 羊 雁 清酒 白酒 粳米 稷米 蒲 葦 巻栢 嘉禾 長命縷 膠 漆 五色絲 合歓鈴 九子墨 金銭 禄得香草 鳳皇 舎利獣 鴛鴦 受福獣 魚 鹿 烏 九子婦 陽燧 総言物之所衆者。
玄象天 纁法地 羊者祥也 群而不党 雁則随陽 清酒降福 白酒歓之由 粳米養食 稷米粢盛 蒲衆多性柔 葦柔仞之久 巻栢屈巻附生 嘉禾頒禄
長命縷縫衣延寿 膠能合異類 漆内外光好 五色絲章採屈伸不窮 合歓鈴音声和諧 九子墨長生子孫 金銭和明不止 禄得香草為吉祥 鳳皇雌雄伉合 舎利獣廉而謙 鴛鴦飛止須匹 鳴則相和 受福獣体恭心慈 魚処淵無射 鹿者禄也 烏知反哺 孝於父母 九子婦有四徳 陽燧成明安身。
- 酉陽雑俎 (ゆうようざっそ : 伝説や故事などを収録した本。段成式 (だんせいしき) 著。860年ごろ成立)
- 婚礼 : 納採有合歓嘉禾 阿膠 九子蒲 朱葦 双石 綿絮 長命縷 干漆
祭祀
- 降聖節 / 宋史 (元の脱脱らの撰 : 宋の歴史を記したもの。1345 年完成)
- 「降聖節」は北宋の第三代皇帝、真宗 (しんそう) の時代に制定された、三大節 (天慶節、先天節、降聖節) のうちの一つで、10 月 24 日に行われました。
十月二十四日降延恩殿日為降聖節、休仮、宴楽併如天慶節。中書、親王、節度、枢密、三司以下至駙馬都尉、詣長春殿進金縷延寿帯、金絲続命縷、上保生寿酒。改御崇徳殿、賜百官飲、如聖節儀。
前一日、以金縷延寿帯、金塗銀結続命縷、緋彩羅延寿帯、彩絲続命縷分賜百官、節日戴以入。
- 満州跳神 / 清稗類鈔 (しんはいるいしょう : 徐珂 (1869 - 1928 年) 撰 : 清の稗史書)
- 満州族で行われている民族宗教のことっぽいです。「跳神」とはシャーマンの踊りのようです。
越翌日、於神位祈福、供以餅、餅以五色縷供神前、祝辞畢、以縷繫主人胸前、為受福。
その他
- 夢粱録 (むりょろく : 呉自牧 著 : 南宋の都市繁盛記)
- 12 月
歲旦在邇 席舖百貨 畫門神 桃符 迎春牌兒 紙馬舖印鐘馗 財馬 回頭馬等 饋與主顧。更以蒼術 小棗 闢瘟丹相遺。
如宮觀羽流 以交年疏 仙術湯等送檀施家。醫士亦饋屠蘇袋 以五色線結成四金魚同心結子 或百事吉結子
日本語訳 :
年の初めが近づくと、町の店々では、門神 · 桃符や春を迎える牌子を画き、
紙馬鋪では、鐘馗、財馬、回頭馬などを刷って、おとくいに饋 (おく) り届けます。また蒼朮 (おけら) 、
小棗 (ほしなつめ) 、辟瘟丹などをおくり合います。
道家者流は、年越しの疏 (つなぎ) や、仙朮湯を檀施 (パトロン) の家に送り、
医者もまた屠蘇袋をおくります。五色の糸で四匹の金魚を同心結びにし、あるいは百事吉結びとします。
(参考文献 : 夢梁録 1 - 南宋臨安繁昌記 / 梅原 郁 著 / 平凡社 / 2000 年)
2. たなばた
七夕 (たなばた) は五節句のひとつで、七月七日に行われます。
現在の日本では、笹の葉に短冊を飾りますが、もとは五色の糸でした。
中国の古典籍
- 西京雜記 (せいけいざっき : 葛洪著 / 前漢時代 (前 202 - 後 8 年) の雑事を記録)
- 至七月七日臨百子池 作于闐樂 樂畢 以五色縷相羈
- 三輔黄図校証 (さんぽこうとこうしょう : 南北朝時代 (439 - 589 年) の「三輔黄図」が原本。古代の地理の本。原本の筆者は不明)
- 七月七日臨百子池 作於闐樂 樂闋 以五色縷相羈 謂之相連愛
- 金門志 (林焜熿纂輯、子豪 続修 : 1836年成立。台湾の歴史書)
- 七夕、陳瓜果於屋檐前、祭天孫。解去続命縷、別以五色絲繫系小児臂。士子祀魁星。
「五色の糸を用いて、手芸や裁縫の上達などを願う」という風習は乞巧奠 (きっこうでん) といい、日本にも奈良時代には伝わっていたと言います。
奈良の正倉院には、乞巧奠の儀式に用いられた銀、銅、鉄の針と糸が現存しています。
日本の古典籍
- 江家次第 (ごうけしだい : 大江匡房 (おおえのまさふさ) 著 / 1111 年成立 / 平安後期の有職故実書)
-
江家次第 巻第八 七月
七日 乞巧奠事
西北机居二香爐一口 (在西) 一、
納殿百和香四兩盛レ之
居二朱彩華盤一口 (在東) 一、
盛二神泉苑蓮房十房一、五房歟
置二楸葉一枚 (在東歟) 一、
揷二金針七銀針七一、件針別有二七孔一、以ニ
五色絲一縒合貫レ之、
七孔針、荊楚歳時記七月七日、牽牛織女會ニ天河一、
此則其事、家々婦結ニ綵縷一穿二七孔針一、
或金銀鍮石爲レ針、設二瓜菓於庭中一以乞レ巧、
有二蟢子一、羅ニ於瓜菓上一
則以爲レ得巧、
(参考文献 :『改訂増補 故実叢書 二巻 江家次第』故実叢書編集部 編. 明治図書出版, 1993.)
- 公事根源 (くじこんげん : 一条兼良 著 / 1423 年頃成立 / 室町中期の有職故実書)
- 百十一 乞巧奠 七日
おほよそ今日は牽牛 (ケンギウ) 織女 (シヨクジヨ) 二つの星の相遭ふ夜なり。
鳥鵲の天の川に來たりて、翅をのべ、橋となして、織女をわたすよし、准南子と申す書に見えたり。
又續⿑諧記に云ふ、桂陽城の武丁といひし人、仙道を得て、弟に語りて曰はく、
七月七日に織女河を渉る事あり。弟問ひてなにしに渡るぞといひければ、織女しばらく牽牛に詣づと答へき。
是れを織女牽牛の嫁 (トツ) ぐ夜となりと、世の人申し傳へたるなり。
乞巧といふ事も、唐土より事起これり。七夕ノ祭とも云ふなり。
香華を供へ、供御をとゝのへて、庭上に文をおきて、棹の端に五色の絲を懸けて事を祈るに、
三年の内に、必ずかなふといへり。此の故に、乞巧と申すなり。
郝隆は腹中の書をさらし、阮咸は竿上の褌を手向けしためしも侍るにや。
(参考文献 :一条兼良 著『公事根源新釋 下巻』関根 正直 校注. 六合館, 1903.)
- 蜻蛉日記 (藤原道綱母 (ふじわらのみちつなのはは) 著 / 974 以後の成立 / 平安時代 (954 - 974 年) の日記)
-
巻末歌集
七月七日
道綱 : たなばたに けさ引く糸の露をおもみ たわむけしきも 見でややみなむ
訳 :
七月七日、
たなばたに......(七夕祭のために今朝 (けさ) 引き渡した願いの糸が、露を含みたわんでいますが、
あのように心折れなびくあなたの様子は、ついに見ずじまいになるのでしょうか)
注釈 :
七夕の前夜、もしくは当日、五色の糸を竿 (さお) の先に掛けて供え、それを引き抜く風習がある。
(参考文献 :『新編日本古典文学全集 13 土佐日記 蜻蛉日記』菊池 靖彦, 木村 正中, 伊牟田 経久 校注 · 訳.
小学館, 1995.)
3. 卯杖 (うづえ) 、卯槌 (うづち)
卯杖、卯槌は、薬玉と同じ中国伝来で、お正月の上卯の日に、魔除けとして用いられたアイテムです。
辞典を引くと、
- 卯杖 :
正月初の卯の日に、魔よけの具として用いる杖。
柊 (ひいらぎ)、桃、梅、柳などの木を5尺3寸 (約1.6メートル) に切り、2、3本ずつ5色の糸で巻いたもの。
昔、宮中では六衛府などから朝廷に奉った。
- 卯槌 :
平安時代、正月初の卯の日に中務 (なかつかさ) 省の糸所 (いとどころ) から邪気払いとして朝廷に奉った槌。
桃の木を長さ3寸 (約9センチ)、幅1寸四方の直方体に切ったもので、縦に穴をあけ、5色の飾り糸を5尺 (約1.5メートル) ばかり垂らし、室内にかけた。
(参考文献 :『大辞泉』小学館,)
と、あります。卯杖と卯槌は、形がちょびっと違うようですが、同じ用いられ方をしています。
くわしくは、こちら。卯杖と卯槌と五色の糸
- 江家次第抄 (ごうけしだいしょう : 一条兼良 (1402 - 1481 年) 著 / 成立年未詳 / 室町時代、江家次第の注釈書)
-
(一) 卯杖事
◦ 卯杖事 後人加筆也、◦ 金刀 ノ 乃利皆不レ得レ行
云々、 ◦ 注服虔 (ケン) ◦ 綵糸
◦ 祝融 夏 ノ 神 ノ 名也、
◦ 夔龍 黄帝ノ臣下ノ名ナリ、
◦ 庶疫剛癉 (タン) 疫病神也、 ◦ 順レ爾剛伏
(参考文献 :『改訂増補 故実叢書 江家次第』故実叢書編集部 編. 明治図書出版, 1993.)
- 和訓栞 (わくんのしおり : 谷川士清 (たにかわ ことすが、1709 - 1776 年) 編 / 1777 - 1887 年刊 / 江戸後期の国語辞書。93巻)
-
うづゑ
卯杖と書けり 正月上ノ卯 ノ 日 桃梅椿柳なとにて杖を作り 五色の糸にて巻きて 大やけに奉る也
建武年中行事に つくも所生氣の方獣のすがたを作て卯杖をおはす 類聚國史延喜式なとにくはし 剛卯とも㱾杖とも見え もとは漢朝の故事にて 我邦にては 持統紀より始て見えて
百官参内の時に賜はれる儀もあり 歌の解書に うつゑの松をたまはりてと見え 賀茂の年中行事には 日陰苔をも用ゐたり されは廣業卿卯杖の時に
女色蘿色奮大椿 ノ 枝と作れり 伊勢神宮に奉りし事 儀式帳に見えたり
◦ うづゐのほうし枕草紙に見え 熱田の祭に卯杖舞あり
(参考文献 :『和訓栞』谷川 士清 編. 成美堂, 1899.)
4. 玩器
玩器とは、ひらたく言えば、おもちゃです。翫具。toy。
- 安斎随筆 (あんざいずいひつ : 伊勢貞丈 (いせさだたけ、1717 - 1784 年) 著 / 成立年未詳 / 江戸中期の随筆)
-
近世堂上玩器
近世に及び 公家衆新作の玩器多し 大抵 後水尾院東福門院の御意巧なりと云ふ
(中略)
又 十二月の懸物あり 藥玉の如く五色の糸を長く垂れて 頭の方は其の月の草木の花と 鳥蟲などを作り物にして 付けたる物なり
これらの外 近世種々の玩器あり 古代なき物どもなり
(参考文献 :『改訂増補 故実叢書 8 巻 安齋随筆』故実叢書編集部 編. 明治図書出版, 1993.)
5. おまけ
仏教
仏教では「五色」は「ごしき」と言います。五正色 (ごしょうじき)、五大色 (ごだいじき) とも言うようです。
正直に言うと、仏教の五色と陰陽五行説の五色の関係は、さっぱりわかりません。
- 厚造紙 (葦原寂照 (1833 - 1913 年) 著 / 太融寺)
- 五色糸 綖イト、スヂ 線イトヨル、イトスヂ
若シ但シ依テハ二
空色ニ一即是レ
淺青ノ之色ナリ。
如シ二草木ノ葉ノ色ノ也。
白ハ此レ信ノ義。
黄ハ此レ精進。
赤ハ此レ念。
黑ハ此レ定。
空色ハ同シ二於
涅槃ノ色コ一惠ト
者即是レ大空ナリ。
- 作法院流灌頂小作法 (東京灌頂講社 / 1913 年)
-
五色糸縒作法
次畳ノ上ノ敷紙ニ取テ二五色糸ヲ
一經レ之 各可シ含ム二丁子ヲ
一
白赤黄⾭黑朱五佛ノ次第普通ノ説也
白黄赤⾭黑朱愛色次第見二䟽ノ第六ニ一
レポート : 2012年 6月 30日
何か発見次第、随時、更新予定。
Topへ
関係があるかもしれないレポート