薬玉に垂れたとされる五色の糸は、もとは長命縷の五色の糸です。
この五色の糸に迫るべく、もつれないよう、じわじわ、たぐってみたいと思います。
答え :
絲 です。
「絲」は、「いと」と読みますが、もとは「きぬいと」のことを指します。絹糸 (silk thread) 、つまり蚕の繭からとった糸のことです。
六朝時代の荆楚 (現在の湖北·湖南省) 地方の年中行事や風俗を記録した、
荆楚歳時記 (宗懍 (そうりん) の撰、6世紀半ば頃成立) に詳しく書かれてあります。
前述の荆楚歳時記の引用文には、続きがあります。
陰陽五行説とは、古代中国で成立した思想の一つです。万物を陰と陽に分けて考える「陰陽説」と、木は土に、土は水に、水は火に、火は金に、金は木にそれぞれ剋つという世界観の「五行説」が一体化したものです。
五色の糸の、赤、青、白、黒、黄という色、四方と中央という位置 (方位) は、万物を構成するとされる「木、火、土、金、水」とともに、陰陽五行説で説かれています。
隋 (589~618年頃) の、蕭吉によって撰された「五行大義」を開いてみます。
読下し :
左氏傳 (さしでん) 、子產 (しさん) 曰 (いは) く、
發 (はつ) して五色と爲 (な) る、と。
蔡伯喈 (さいはくかい) 云 (い) ふ、
眼 (め) に通ずる者 (もの) は五色と爲 (な) る、と。
黄帝素問 (くわうていそもん) に曰く、草性 (さうせい) に
五 (ご) 有 (あ) り、と。
章 (あらは) れて五色と爲るとは、
東方 (とうはう) の木 (ぼく) は蒼色 (さうしょく) 爲 (た) り、
萬物 (ばんぶつ) 發生 (はっせい) し、夷柔 (いじう) の色なり。
南方 (なんぱう) の火 (くわ) は赤色 (せきしょく) 爲 (た) り、
以って盛陽 (せいやう) 炎焰 (えんえん) の狀 (じょう) を象 (かたど) るなり。
中央 (ちゅうあう) の土 (ど) は黄色 (くわうしょく) 、
黄 (きいろ) は地 (ち) の色なり。
故 (ゆゑ) に天は玄 (くろ) くして地 (ち) は黄 (きいろ) なりと曰ふ。
西方 (せいはう) の金 (きん) は
色 (いろ) 白 (しろ) く、
秋 (あき) は殺氣 (さっき) と爲 (な) りて、
白露 (はくろ) は霜 (しも) となる。
白 (しろ) は喪 (そう) の象 (かたどり) なり。
北方 (ほっぱう) の水 (すい) は
色 (いろ) 黑 (くろ) く、
遠 (とお) く望 (のぞ) めば黯然 (あんぜん) たり。陰闇 (いんあん) の象 (かたどり) なり。
溟海 (めいかい) 淼邈 (びやうばく) として、
玄闇 (げんあん) 窮 (きはま) り無し。
水 (すい) は太陰 (たいいん) の物 (もの) 爲 (た) り、故 (ゆゑ) に陰闇 (いんあん) なり。
(参考文献 :中村璋八, 清水浩子『新編漢文選 8 五行大義』明治書院, 1998.)
薬玉の「五色の糸」とは、
陰陽五行説の思想に基づいた呪物 です。
しかし、仏教に詳しい人は、「仏教にも五色っちゅうもんがあるがな(鳥取弁)」と、するどいツッコミをなさるかもしれません。それでも、薬玉の五色の糸は陰陽五行説の思想から来ていると断固思います。
なぜなら、
∴ 薬玉の五色は陰陽五行説由来。
ああ、すばらしきかな。三段論法。
五月五日を「端午 (たんご) 」と言います。端午の節句とも言います。
そのほか、あやめの節供、菖蒲 (しょうぶ) の節供、重五 (ちょうご) 、端陽 (たんよう)
などと別名がたくさんありますが、もうひとつ、
「五絲節」
と、いうのもあります。
これは、おそらくこの五色の糸に由来するものと考えられます。
また、「採缕節」というのもあるようです。たぶん、これは「彩縷」のことで、長命縷の異名、「五彩縷」から来ているものと推測します。
粽 材料は支那風土記に黏米栗棗を灰を以て盞たもの、楝葉で包み五色糸で巻いたもの風土記 が 最も古い説で、その他蘆 (あし) で巻くとか説文 菰 (こも) で巻くいふ説も支那に例がある。 (中略) この五色の糸を以て巻くことは、陰陽道から來たことで、五色は ⾭、赤、黄、白、黑であり、木火土金水の五行の色を象徴する。 この五行は古代には森羅萬𧰼を形成する元素と考えてゐたので、色として天地を代表する色であり、最も强く嚴粛なる色と考へた。 (参考文献 : 江馬務"粽"『日本歳時全史』臼井書房, 1949 年)
レポート : 2012年 5月 31日
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