和歌以外の文学にも、薬玉はたくさん表現されています。
他の人の感性を通して味わう薬玉も、また一興です。
1. 俳句
俳句は、5、7、5、の たった 17 文字で表現する、世界最短ポエムです。季語を織り交ぜるのが特徴。
「薬玉」「長命縷」の季語は夏です。
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藥玉 (くすだま) や ともしびの火の ゆらぐまで
言水
池西 言水 (いけにし ごんすい、1650 - 1722 年)
江戸前期の俳人。本名則好。松江重頼(まつえしげより)の門人。自選句集に「初心もと柏」。
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薬玉の 褪せゆく色や 風は秋
瓦全
柏原瓦全 (かしわばら がぜん、1744 - 1825 年)
江戸後期の俳人。名は員仍。通称は嘉助。蝶夢に師事しました。
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薬玉や むすびてひさる みたれ箱
暁臺
加藤暁台 (かとう きょうたい、1732 - 1792 年)
江戸時代中期の俳人。名は周挙。通称は平兵衛。武藤巴雀、白尼に師事しました。
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うたゝ寝の 肘にも掛けん 長命縷
蝶衣
高田 蝶衣 (たかた ちょうい、1886 - 1930)
明治、昭和初期の俳人。句集に「島舟」。
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くすだまの 人うち映えて ゆききかな
虚子
高浜 虚子 (たかはま きょし、1874 - 1959)
明治、昭和期の俳人。本名、清(きよし)。正岡子規に師事。
2. 詩
竹久夢二 (たけひさ ゆめじ、1884 - 1934 年) は、大正ロマンを代表する画家ですが、同時に詩界でも活躍しました。
- 砂がき
- ある思ひ出
竹久夢二
思ひ出を悲しきものにせしは誰ぞ
君がつれなき故ならず
たけのびそめし黒髪を
手には捲きつゝ言はざりし
戀 (こい) の言葉のためならず
嫁ぎゆきし春の夜の
このくすだまの簪を
悲しきものにしたばかり
(参考文献 :竹久夢二『砂がき』ノーベル書房, 1975.)
3. 小説
古典物語
古典の物語の中に表現される薬玉に触れると「どがなもんか見てみたい(鳥取弁 : どんなものか見てみたい)」という気にさせられます。
- 宇津保物語 (うつぼものがたり : 作者未詳 / 平安中期の物語)
- 祭の使
皇子たちの御前ごとに参り、果つるたび、二十人の童を出だして、興ある薬玉を賜ふ。二十人のまうち君たち、御階 (はし)
のもとに立ちて舞踏したり。
現代語訳 :
皇子たちの御前ごとにそれを運び、最後のときに二十人の童が出て、興趣ある薬玉を諸大夫たちに賜る。
二十人の諸大夫たちは御階の下に立って、御礼の拝舞をした。
(参考文献 :『新編 日本古典文学全集 14 うつぼ物語 1』中野 幸一 校注 · 訳. 小学館, 1999.)
- 源氏物語 (げんじものがたり : 紫式部 著 / 1001 - 年 / 平安中期の物語)
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蛍
薬玉など、えならぬさまにて、所どころより多かり。
思し沈みつる年ころのなごりなき御ありさまにて、
心ゆるびたまふことも多かるに、
同じくは人の傷つくばかりのことなくてもやみにしがなといかが思さざらむ。
現代語訳 :
薬玉など、えもいわれぬ趣向に美しく仕立てて、方々から姫君のもとにたくさん寄せられている。
つらい経験を重ねてきた長い歳月の名残もとどめない今のお暮らしとて、お気持ちもずいぶんゆとりがおできになったので、
同じことならどなたのお心をもそこなうようなことがなくてすませたいもの、とどうしてお思いにならぬはずがあろう。
(参考文献 :紫式部『新編 日本古典文学全集 22 源氏物語 3』阿部 秋生, 今井 源衛, 秋山 虔, 鈴木 日出男 訳・注釈. 小学館, 1995.)
- 今昔物語集 (こんじゃくものがたりしゅう : 編者未詳 / 平安後期の説話集)
- 東三条内神報僧恩語第三十三 (ひむがしさむでうのうちのかみそうにおんをほうずることだいさむじふさむ)
五月五日 (さつきいつか) ニ菖蒲 (しやうぶ) 共 (ども) 葺渡 (ふきわた) シ、
薬玉 (くすだま) ノ世 (よ) ノ不常 (つねなら) ズシテ、
未申 (ひつじさる) ヲ見 (み) レバ、六月 (みなづき) ノ解除 (はらへ) スル
車 (くるま) 共 (とも) 繚 (あつか) ハシ気 (げ) ニ水 (みづ) ニ
引渡 (ひきわた) シ、
西 (にし) ヲ見 (み) レバ、七月七日 (ふみづきなぬか)
現代語訳 :
また五月五日、家々の軒に菖蒲 (しょうぶ) を葺 (ふ) き並べ、薬玉 (くすだま) もなみひととおりの美しさではない。
西南の方を見ると、六月祓 (みなづきはらえ) をする車を懸命になって水に引き入れようとしており、西の方を見ると七月七日
(参考文献 :『新編 日本古典文学全集 36 今昔物語集 2』馬淵 和夫, 国東文麿, 稲垣泰一 校注 · 訳. 小学館,
2000.)
この「東三条内神報僧恩語第三十三」のお話は、「七月七日」以下の原文が欠落の模様。
現代の小説
思わず、なぬっ !? と、声が漏れます。千年も経てば、薬玉の扱い方も色々なようで。
- 明治開化 安吾捕物 / 坂口安吾(注1)
- その二 密室大犯罪
新十郎はそう呟いて、現場をこまかく探索した。戸をあけると、四間にしきられていて、藤兵衛の居間へ行くに四畳ぐらいの寄りツキがあり、その隣に納戸があって、ここには仏壇だのクスダマだの、いつ用いたのか知れないが、よそなら使って捨てるものを、雑然とほうりこんである。もう一部屋は藤兵衛が寝所に使っているらしく、押入れがないから、フトンをたたんで部屋の隅につみあげてある。そのほかには何もない。
(参考文献 :坂口安吾『坂口安吾全集 10』筑摩書房, 1998.)
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注釈
- 注1 : 著者と作品について :
坂口安吾 (1906 - 1955) は、昭和初期に活躍した小説家。「堕落論」が有名です。
密室大犯罪は、1950 年 11 月 1 日発行「小説新潮」第四巻 第十二号「創作」欄に「安吾捕物 その二」として発表された作品。
レポート : 2012年 9月 30日
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