My new book!!!

My newest book “The world of unit origami” is published on January 26, 2017. I hope all of you like and enjoy it. 私の新しい本 「ユニット折り紙の世界」 が、2017年1月26日に発売されます。 きゃー!!!(自分で歓声) 作品の制作に数名のお友達が手伝ってくれました。 ほんとうに、ありがとーっ!!!! 今回の本は、私にとってはとてもスペシャルです。 本の制作の打ち合わせに、出版社の担当の方をはじめ、制作メンバーの方々(すべて県外の方)も、わざわざ鳥取県に集まってくれました。 なんか、すごいっ!! 特にわくわくしたのは、締切が近づいたある日にちょっとしたハプニングが起こって、 出版社の担当の方も作品の制作を手伝ってくださったこと。 誰がどの作品を作ったのか、想像しながら見てもらうのも楽しいかも!! たくさんの方に楽しんでくれると嬉しいです。 ユニット折り紙の世界 (レディブティックシリーズ) — ついでに、過去の本もチェック!!! 暮らしを彩る四季のユニットおりがみ飾り 誰でもかんたんにできるくす玉ユニット折り紙

Stop hating, start loving.

  Facebook のお友達は折り紙つながりの方が多いけど、Facebook の最新情報(ハイライト)に流れる情報は折り紙関連だけじゃない。 友達がUP、またはシェアした絵とか写真とかビデオとか、とにかく世界中の色んな情報が、分刻みで次から次へと流れていく。 記事やコメントの文字が、文字化けしたような文字だったり(どの文字もこんな感じ→@。どこの国の言葉かは知らない)、文字の列が右から左へなんていう国の言葉もある。 見ていたら飽きない。でも、これいいな。と思った記事も、次の日見てみると、たくさんの新しい記事に埋もれてしまって、その情報ははるかかなた。 もう二度と探し出せなかったりする。 この間、思わずうるうるしてしまったビデオがあったので、思い切ってシェアしてみたたんだけど、自分のタイムラインからもアクティビティログからも、綺麗さっぱり消えてしまっていた。なぜかはよくわからない。 二度と探し出せないかと凹んだ。 でもあきらめず、根性で探し出した。 動画の最後に流れる英語の言葉(このブログのタイトル)を覚えていたので、そこから Facebook の中じゃなく、ネット上で。 どうも私が Facebook でシェアした情報は、シェアのシェアのシェアだったのらしい。 動画の男の人の横にある立て札の文字の意味がわからなかったけど、元の動画を探し出せて、意味が分かった。 余計にうるうるしてしまった。 ■Blind Muslim Trust Experiment – Denmark I’MA A MUSLIM. NOT A TERRORIST. IF YOU TRUST ME, GIVE ME A HUG. (私はイスラム教徒です。でもテロリストじゃありません。もしあなたが信じるならハグして。) —- イスラム芸術の幾何学 (アルケミスト双書) アラベスク模様素材DVD-ROM: トルコやペルシア、アラビアの模様

日にちと曜日がごっちゃになる

数字の「7」は黄色だ。なんて話をちょっと前に書いた。 数字の色。文字の色。 実は色が強く出る数字は、文字の色と結びついてしまうことがよくある。 だからって、別に普段はなんともないんだけど、ぼーーーっとしていると、困ったことになるのが「日にち」と「曜日」なんだな。 たとえば、私の中では「30」という数字は「赤」。で、「日(曜日)」も「赤」。だから、ぼけーっとしていると「30日」は「日曜日」だと認識してしまう。 先月も、日付と曜日を記入する紙に「27日(金)」と書いてしまった。実際は月曜日。 はっと気がついて、あれ? なんで、金曜日って書いちゃったんだろう。って、よく考えたら、「27」は黄色。「金」も黄色だからなんだな。 脳っておもしろいなと思う。 脳が世界をどんなふうにとらえるか、は個人個人で違っていて、その人特有の癖があると思うけど、しょっちゅう曜日と日にちを間違えている人は、ひょっとすると私みたいに「視覚型」で色のイメージの強い人かもしれない。と、思ったりする。 ■余談■ 私の身内にちょっと変わったタイプがいる。 たとえば殺人事件のドラマを見ている時に、人が殴られたり、刺されたりするシーンがあると必ずその瞬間に「あー、痛いがん!!」とか「うわー、痛い!! 痛い!! 痛い! 何すっだぇ!! もう!!!」とか、あたかも自分がそうされたかのように言う。ほんとうに必ず、そんなふうに言う。いつも不思議でたまらない。 (それに、なぜ毎回「暴力を加える方」ではなく「暴力を加えられる方」なんだろ? 不思議だ。) 私が普段、彼女と接していて感じているのは、確信はないけど、この人はおそらく「触覚型」かもしれない。ということ。なんしか、話のほとんどが擬態語(私の中でこの言葉は「触覚語」と勝手に言ってる。)で、視覚型の私には内容が伝わらず、毎度毎度、さっぱり、ちんぷんかんぷん。だからなんだな。(話が「見えない」)。 で、触覚型の人がそういう暴力シーンを見ると、体全体で触覚的にとらえちゃうんだろうか。とか、くだらない分析をしてみたり。 まぁ、実際はぜんぜん分からないけど。 脳が情報をどんなふうに処理するのか、ほんとうに個人個人違うなと思う。 脳ってほんとうに不思議だな。 — ぼくには数字が風景に見える

数字の色。文字の色。

たとえば、「りんご」って言えば「赤」を連想する。 青いりんごや黄色のりんごも知っているけど、りんごって言えば赤だな。 おんなじように私の中では数字や文字にも連想する色がある。 「7」は黄色。 これはおそらく、ほとんどの人がそうじゃないかなー。ラッキーセブン。 その他はこんな感じ。 「2」は黄色。「4」は桃色。「5」は黒。「8」は青。 「5」が黒なのは「ゴマ」の黒から来ている。 だから平仮名の「ご」も、漢字の「五」も黒い。ついでに言うとアルファベットの「G」も黒。 漢字に色がある場合は平仮名から来ている場合が多い。 たとえば「み」は赤。だから「見」も「身」も「味」も「美」も、濃淡の違いはあるけど赤系の色。 ただ、自分でも、なんでそう連想するのか分からないものもあったりする。 「4」は桃色だけど、かなり長い間なぜ4が桃色なのか分からなかった。 「卯月」で「うさぎ」がピンク(私の中では)だからかな。とか考えたりしてたけど、 ある日カレンダーを見ていてはっと気がついたんだな。 4月に桜が咲くからだ。 謎が解けると結構嬉しい。はははーん。ってなる。 おそらく「8」が青なのも8月は海を連想するからだろうな。 もちろん謎が解けないのもある。ほとんどのアルファベットはハテナだ。 「D」はちょっと暗い赤。「F」は薄いベージュ。「J」は薄い茶色。 いずれも、なんでそうなのか謎。 いつか分かるかもしれない。 私が思うに、色を連想するのは右脳なんだろうな。 で、理由を探すのは左脳。 しかも連想は無意識。理由探しは意識的。 だから、ひとり頭の中で遊べるんだろうな。 — 数字ジェンガ

Conversations with God

「神との対話(ニール・ドナルド・ウォルシュ著/サンマーク出版)」を一度読んで、二回目を読んでいる途中だけど、三巻目の中頃でちょっと休憩してる。 神との対話は全三巻(私が買ったものは)。 各一巻ごとに似た「章」があって、それがとても印象的なんだな。 普通の章は何ページもびっちり会話が詰まっているのに、 それらの章には、たったひとつ〜ふたつの会話しか載っていない。 知っていても、ふとページをめくって、何度も読み返してしまう。 一巻 10章 筆者「わたしはあなたを愛しています。ご存じですか?」 神「知っている。そして、わたしもあなたを愛している。」 二巻 15章 筆者「わたしはあなたを愛しています。ご存じですか?」 神「知っている。そして、わたしもあなたを愛している。」 三巻 10章 筆者「わたしはあなたを愛しています。ご存じですか?」 神「知っている。そして、わたしもあなたを愛している。知っているかな?」 筆者「わかりはじめました。ほんとうに、わかりはじめましたよ。」 神「けっこう。」 ーーー 神との対話〈1〉宇宙をみつける自分をみつける 神との対話〈2〉宇宙を生きる自分を生きる 神との対話〈3〉宇宙になる自分になる 神との対話 映画版 [DVD]

だぁくまたぁ

NHKで放送されている「白熱教室」という番組をたまに見る。 予告なんぞを見て「これ絶対見たい」と思って見る時と、 テレビをつけたらタイミングよくやっててついずるずる見ている時と、 タイミングよくやってても興味なくてチャンネルを変える時と、 ま、そんな感じで見ている。 この間見たローレンス・クラウス教授の「宇宙白熱教室」はとっても面白かった。 「だぁくまたぁ」やら「だぁくえねるぎぃ」やら とにかく釘付けだった。 すごいなぁ、だぁくまたぁ(Dark matter/暗黒物質)。 ここにも、あそこにも、そこらへん中に満ちているのらしい。 なんだろうなぁ。これ。 ニュートリノを知った時も、 「どんな物質を通り抜けるだと?なんじゃそりゃ。」 という感じだったけど、だぁくまたぁもきっと魔法のような存在に違いない。 (実は「ニュートリノ」よりも「スーパーカミオカンデ」の視覚的インパクトがはんぱ無かった。というのが本当のところ。 だから、ボケた私でも記憶のカケラがある。)   科学が発達して人類はたくさんのことを知ったけど、 そんなもん、それこそ宇宙の中の原子の質量(4.9%)みちゃーなもんなんだろうな。と思う。 さらに今の人類がどんなに進化しても、そのすべてを知ることは無いんだろうな。なんてことも思う。   ま、いずれにしても、人類は科学の追求をやめないだろうし、 神様はいつまでも遊んでくれるんだろう。   宇宙が始まる前には何があったのか?

食べるということ

『食べる』という行為は、 『生きるために必要なエネルギーを摂取する』という行為に見えるかもしれないけど、その他にももっと違う何かがある。と、心から思う。 私は、変な食辟があって、はまったらとことんその食べ物を食べ続けるというクセがある。 ある年、父が畑で作っている「丸大根」にはまって、丸大根を大量に食べるようになった。 そのうち、あまり他の食材を取らなくなり、ほぼ丸大根だけを食べるようになった。 毎日。毎日。毎日。 そうしているうち、ひどく変な気分になったんだな。 畑に出向いて、丸大根を収穫するたび、自分は彼らの命で生きているって、すごく実感するようになったんだな。 だって毎日、丸大根しか食べてなかったんだから。 「彼らの命」で「私の命」が続いているんだと。 不思議だった。不思議な感覚だった。 そうか。人間は生きるために、必要なエネルギー摂取量を『カロリー』や『栄養』で表現するけど、実はそうじゃなくて、 もっと他の数値もあるかもしれない、って。 たとえば、口にしている食べ物の生き物の『生(せい)』を表す数値みたいな。 ひとつの生命から得られる『ひとつの魂』とかなんとか。そういう感じのもの。 私はときどき、とくに動物に限っては、まるまるな生命体の絶命を見ることがない。 スーパーに行くと、牛さんや、鳥さんは部位によって切り分けられているし、魚さんも結構切り刻んでられたりする。 生命を感じられにくいけど、よく考えるとやっぱり生命なのだ。と、思ったりする。 基本的に人間は、他の生き物の「生」をもらって自分の命をつないでいる。動物。植物。どちらからも。 人間が生きるのに必要なのは(あるいは『影響している』のは)、ひょっとしたら、その個々の『生』の数とかもあったりするのかもしれない。 そう。私が今生きているエネルギーは、摂取した生命体『個々』の魂の数に関わっている。と。 実際、私がその冬の3ヶ月を生きるのに必要な丸大根の数は、畑の端から端まで。 ひと畝(うね)だっただろうか。いや、もうちょっとかな。ひと畝半。 春先、私が収穫しなかった丸大根は、花を咲かせて世代交代をして行った。 厳密に言えば、その丸大根達は、畑の肥料になったんだけど。 (収穫されない野菜達は、耕耘機によって粉砕され、畑の土に戻される) 『食べる』ということ。 自分の命をつなぐということ。 毎日、そういう行為を繰り返しているということ。 ほんとうに不思議なことだと思う。

音叉買ってみました。

DNA修復に役立つらしい528Hz。 その音叉を買ってみた。 届いてパッケージを開けて、早速鳴らしてみようと思ったら、あれ、これどうやって鳴らすんだ?となった。 とりあえず、指ではじいてみる。 あ、いい音なるじゃん。でも、ちょっともの足りない。 机の上に転がっているピンセットで弾いてみる。 おおー。いい感じ。 もっといい物ないかな。 部屋をぐるりと見渡して、あ。みっけ。 ステンレスの箸(愛用の韓国の箸)。 耳元で鳴らしてみると、なんか、ふたつの音が聞こえる。 キーンという高い音と、コーンという太い音。 不思議だ。 コップに水を入れて近くで音叉を鳴らすと、水がまろやかになるらしいので 早速ためしてみた。 うむ。まろやかになった、のか…? その後も、左の耳元で鳴らしたり、右の耳元で鳴らしたり、何度も何度も叩いてみて、ちょっと思った。 これ、自動で鳴ってくれないかな。 風鈴やドアチャイムみたいな感じで。 なんか出来ないかと考えているうち、また別の考えが。 いや、ちょっと待て。 ひょっとして、自分で持って鳴らすから、いいのかな。 はてな。 ま、いいや。とりあえず、自分で鳴らそう。

コズミック・インテリジェンス

「魔法使いの先生」と私が勝手に呼んでいるアドラーの先生のブログに、昨年の秋くらいからちょくちょくお邪魔するようになって、ちらほらと思い出すことがあった。 それは、もう7〜8年くらい前に読んだ本「生命は宇宙を流れる (フレッド · ホイル著)」に書いてあった「コズミック・インテリジェンス」という説のこと。 直訳すれば、宇宙知性。 詳しくは、割愛。 ついでに言うと、私は信じている。 なんだろうなぁ。先生のブログには全くそんなことは出てこないのだけれど、きっと私の何かが触発されて、そのことを思い起こしたんだと思う。 で、先生のブログに遊びに行くようになって、しばらくしてから、先生のブログにリンクされている他のブログにも遊びに行くようになって、先日、とうとう私のその何かと「リンク」する記事が。 In Deep:人体を神と同等と見る西洋医学の理想的な未来。そして、抗コリン剤の氾濫でおそらく認知症が増え続ける今後のための「認知症と物忘れの治し方」 (この記事の前半に、ちょびっと出てきます) そうか。こんなふうに出会っちゃうのか。 と、思った。 不思議だなぁ。 まぁ、なんだな。 まったく、まったく、そうなっている。ということなんだろうな。 生命(DNA)は宇宙を流れる (Natura‐eye science)