ワルシャワの天使

天使シリーズ No.2

夜行バスでドイツからポーランドへ着いたのは、朝の4:00過ぎ。
予定では朝の5:00だったけど、どうやら早く着いたのらしい。

予約したホストの家までは地下鉄をふたつ乗り継いで行く。
が、最初のメトロ駅の入り口のそばまで行って、ぼーぜんとした。
エスカレーターが無い。しかも階段が急。さらに、長い。
早朝の4時ずぎ、通り過ぎる人が誰もいない。(助けてくれる人が無い)

これは、難題!!
スーツケースは約20kg。
さて、どうする。

と、ぼけーっと階段を見下ろしていたら、
いつの間にか、目の前におじさんがいて、入り口の向こうを指差している。

ん? なんだ??

おじさんは、さらに一生懸命で「向こうだ、向こうだ」と身振り手振り。

たぶん向こう側にも入り口があるんだろう。

と勝手に解釈して、
「Thank you(サンキュー)」と答えた。

するとおじさんは、無言のまま、私が持っていた駅の名前の書いてある紙を「ちょっと見せてみろ」の仕草をする。私が紙を渡すと、おじさんはポケットからメガネを取り出して紙を確認。
その後、メガネをポケットにしまいながら、人差し指をちょいちょいと曲げて、ついてこいの仕草。

え? なんだ??

おじさんは、ホームレスの人の独特の匂いがした。
よく見ると、持っているカバンはボロボロ。汚れたサンダルを履いていて、足は真っ黒。

そうかー、だからこんな時間に起きていて、この場所にいるんだな。

と、さっさと前を歩くおじさんの後をついて行きながら思った。
おじさんが案内してくれたのは、エレベーターの場所。
でもそのエレベーターは動いていなかった。

おじさんは、何度かエレベーターのボタンを押した後、しばらく考えて
さらに「ついてこい」の仕草。
「Okay.(オーケー)」と、おじさんの後を追う。

おじさんは一言もしゃべらない。
ドイツでは英語を話す人が多かったけど、ポーランドはそうじゃないのかもしれない。

次に案内されたエレベーターは無事に動いていた。
「Thank you so much!(どうもありがとう)」
とお礼を言って、お別れをしようとすると
着いたエレベーターにおじさんが最初に乗り込む。

あれ?

よくわからないまま、私も一緒にエレベーターに乗り込む。
内心、
おじさん、もういいよ。
後は自分で探すから。

と思ったけど、ぱっと英語が出てこない。
どう言えばいいんだっけ。
まぁ、たぶん英語を言っても通じないだろうけど。

地下につくと、意外に広い。さらに通路が入り組んでいる。
でも、おじさんは颯爽と歩いていく。
キョロキョロしながらおじさんの後を追っていると、いつの間にか、ある改札口に来ていた。
正直、どこをどう歩いたのかさっぱり分からない。

おじさんは、改札口のそばをうろうろして、その後チケットの自販機のボタンを何度かプッシュ。

「Okay, I’ll buy the ticket.(チケット買います)」

と、言ったけど、おじさんは聞いてない。
チケットは出ないし、もちろん改札口も開かない。
おじさんはたまたま通りかかった人に何かを尋ねようとするけど、みんなおじさんを無視していく。
おじさんは、改札口とチケットの自販機売り場を2、3回往復して、
その後、また「ついてこい」の仕草をした。

おじさんはまたエレベーターを案内してくれた。
一緒に乗り込むと、おじさんは2階のボタンを押す。

あれ?
2階だったら、地上に出ちゃうんじゃね?

と思っていると、おじさんは顔の前で手をぶんぶんと振り、「間違った。間違った。」の仕草。

やっぱり。

おじさんは、自分の目を指差して、さらにまた顔の前で手のひらをブンブン。

あー、「目が悪い」って言ってるんだな。

エレベーターが2階に上がった後、おじさんはボタンを押し直し。
でも、押したボタンはエレベーターに乗った階と同じボタン。

それって、もと来た場所に戻るだけじゃ…?

階下に着いてエレベーターを降りると、やっぱり同じ景色。同じ場所。
でも、おじさんの後をテクテクついて行くと、いつの間にか駅のホームに立っていた。

あれ? あれ?? あれ???

振り返ると、後ろに改札口が見える。

どうなってる???
さっきは、この改札、通れなかったよな????
これは、一体???
なんだか、村上春樹の「1Q84」の世界のようだった。(現実だけど、現実とはちょっと違う世界)

びっくりしている間に、電車がホームに。
おじさんは当然のように電車に乗り込んで、「ついてこい」の仕草。
もう、頷くしか無い。

早朝ということもあって、車内はがらんがらん。
離れたドアの席に、おばさんが一人座っているだけだった。

するとおじさんは、おばさん目掛けてまっしぐらに歩き、
おばさんに私のメモの紙を見せると、一気にまくし立てるように喋った。おそらく、ポーランド語。
その時初めて、私はおじさんが喋っているのを見た。
紙を見せられたおばさんは、何度かうなずき、私を確認するように見た。

その後、おじさんはメモ紙を私に返してくれて、おばさんを指差した。
「後はこのおばさんに」ってことだと勝手に解釈した。

私は
「Thank you so much! Thank you so much!!(どうもありがとう。どうもありがとう。)」
と、繰り返した。
通じているのかいないのかは、不明。
おじさんは、ずっと無表情のまま。
でも、私の頭をポンポンとした。

お、おじさん、ひょっとして、この40半ばの私を子供だと思ってるな!?!?!

まぁ、この際、そんなことはどうでもいい。
私は、何とかお礼を伝えたくて、
「Thank you so much.」に続けて、
「You are an Angel!!(あなたは天使だ!!)」
と言った。
すると、おじさんはちょっと笑って
「よせやい。」
みたいに手を振った。

あ、通じた!?!?

次の駅のアナウンスがあって、電車はすぐに次の駅に着いた。
するとおじさんは、手を上げて「じゃ」の仕草をし、さっさと電車を降りて目の前から消えてしまった。
車内にはおばさんと私が残った。

路線図の案内表示を確認すると、確かにいくつか先の駅に、私の行きたい駅の名前がある。
駅の名前を見つめながら、ジーンとした。

私一人だったら、絶対ここまで来れなかった。
あの、駅入口の長い階段も、あの入り組んだ通路も。
一生懸命、私をここまで連れてきてくれたおじさんを思って、ちょっと涙が出た。

おじさんのおかげだ。
おじさん、ほんとうにありがとう。

また、天使に会っちゃった。

と実感した。

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さて。この後にはマヌケな話が続きます。

写真はメトロの入り口。
屋根が “M” の字になってる。