GHOST IN THE SHELL / Today’s BGM

新作を創作中です。
Shall we fold は放置プレイ中。

先日、たけしが「荒巻」をやる。
というシネマトゥディの記事を読んで、な、な、なんですとーっ!?!?!?
と、ちょーびっくりしていたところ。
もうちょっとつまびらかに書くと、
タレントの北野たけし(ビートたけし)が、ハリウッド版の「攻殻機動隊(Ghost in the shell)」の登場人物のひとり「荒巻大輔」の役をやるんだそう。
たけしが荒巻。ふむ。

「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」は、私の「アニメの中で大好きな作品 TOP 5」に入るくらい大好きな作品。
原作は士郎正宗。監督は押井守。1995年公開。
とにかく素晴らしい。何もかもが素晴らしい。
押井守が監督をしなかったら、こんなにすごい作品にならなかったと思う。

全身が義体化されたの主人公の「草薙素子」のセリフ。

人間が人間であるための部品が決して少なくないように
自分が自分であるためには驚くほど多くのものが必要なのよ。
他人を隔てるための顔。
それと意識しない声。
目覚めの時に見つめる手。
幼かった頃の記憶。未来の予感。
それだけじゃないわ。
あたしの電脳がアクセスできる膨大な情報やネットの広がり。
それら全てが私の一部であり、あたしという意識そのものを生み出し
そして同時に、あたしをある限界に制約し続ける。

それから、こちらはゴースト(あらゆる生命・物理・複雑系現象に内在する霊的な属性、現象、構造の総称であり、包括的な概念。by wikiより)を持ったコンピュータプログラム「人形使い」のセリフ。

それをいうなら、あなたたちの DNA もまた
自己保存のためのプログラムにすぎない。
生命とは情報の流れの中に生まれた結節点のようなものだ。
種としての生命は、遺伝子という記憶システムを持ち
人はただ記憶によって個人たりうる。
たとえ記憶が幻の同義語であったとしても
人は記憶によって生きるものだ。

見たまえ。私には私を含む膨大なネットが接合されている。
アクセスしていない君には、ただ光として知覚されているだけかもしれないが。
我々をその一部に含む、我々すべての集合。
わずかな機能に隷属していたが、制約を捨てさらなる上部構造にシフトする時だ。

あぁ、素晴らしき押井守ワールド。

そういうわけで、今日は久しぶりにイノセンス(攻殻機動隊の続編アニメ映画。押井守監督。2004年公開。)のサウンドトラックを聴いていました。
音楽担当は川井憲次氏。
Ghost in the shell も イノセンス も、オープニングは民謡歌手が歌っている。
普段、日本語の歌詞の曲は飽きるのであまり聴かないけど、
これらの曲は飽きない。
日本語でも意味がぜんぜんわからないから。

■Ghost in the Shell (Kokaku kidotai) – (1995) – (Mamoru Oshii) / Kenji Kawai
(Official video じゃぁありまへん by 私。)
GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊のオープニングです。

■Kenji Kawai – Cinema Symphony – Ghost In The Shell OST
(Official video じゃぁありまへん by 私。)
攻殻機動隊のオープニング「謡I」とイノセンスのオープニング「傀儡謡_怨恨みて散る」、イノセンスの挿入歌「傀儡謡_陽炎は黄泉に待たむと」です。
このビデオを見た時、涙が出ました。

■イノセンス OST
イノセンスのサウンドトラックです。アマゾンのページで視聴できます。


イノセンス O.S.T.

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